蔵について

箒博物館、市民蔵常衛門にも長い歴史があります。

戦国時代     :柳川家の祖先は小田原北条に仕えるが、北条家滅亡後、相模国で帰農。
元禄時代     :寺子屋開設。
幕末時代     :屋号「かめや」旅館(柳川家本家)
大正時代     :屋号「山上」箒屋(柳川家分家)
昭和10年10月 :鉄筋コンクリートの米蔵を箒屋初代柳川勇次が建造。天野工業施工。
建造当時は抱えている小作農家の年貢米を保管していたが、
時代の変化と共にほうき草の倉庫として使用。頑丈な蔵として名高かった。
昭和30年代末  :一般的な物置として使われる。
昭和40年代   :柳川勇次商店廃業。
昭和54年     :蔵内装を一部改修。
昭和50年代中頃、最後の職人離職。(元大阪柳川商店)
平成15年7月  :(株)まちづくり山上設立。
平成16年1月  :蔵の修復。12月、市民蔵常右衛門(箒博物館)として開館。